西郷隆盛に学ぶ、敬天愛人フォーラム21

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西郷隆盛に学ぶ 『敬天愛人フォーラム21』
西郷隆盛
西郷隆盛と敬天愛人その教えを学ぶ
西郷隆盛を称えた先人

■ 篠原 国幹( しのはら くにもと) - 西郷隆盛を称える先駆者の辞 -

  明治6年6月26日、陸軍大将西郷隆盛と共に、篠原は陸軍少将として千葉県大和田原で行なわれた明治天皇観覧の陸軍大演習に参加しました。翌30日、暴風で天皇自らも全身ずぶ濡れになる中、篠原が指揮を取り取り、見事な奮戦ぶりに感激した天皇が、篠原に習えという意味から「今日からこの地を習野原と名づけ、躁練場と定める」と褒め称えたのが習志野の地名の由来といわれています。


    鹿児島南洲顕彰会

 その後、明治6年の政変により政府を去った西郷隆盛を追って、故郷鹿児島に帰り、村田新八、桐野利秋らと、私学校を興し師弟の教育に当たりました。

 明治10年、西南戦争に、一番隊長として参加し、戦死、西郷は遺体を前に「お冬どん」と泣き崩れ、悲観にくれたそうです。享年42才。

篠原国幹ってどんな人?

 習志野市のホームページ

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